物流企業の経営戦略

2レッスンの0が完了(0%)。

大手物流企業の経営戦略

このレッスンへのアクセス権がありません

コース内容にアクセスするには、登録またはサインインしてください。

1.問題提起

グローバル化が進展する経済環境の中で、インテグレーター、メガフォワーダー、大手外航コンテナ船企業、大手トラック企業などが、激しい競争を繰り広げている。その中で、日系大手物流企業もグローバル市場に挑戦しているが、日本郵政による豪トール買収など苦戦しているケースが見受けられる。大手物流企業が成長するために効果的な経営戦略とはどのような戦略なのか。

経営戦略理論には、ポジショニング理論、資源ベース理論、ダイナミック・ケイパビリティ

理論などさまざまな理論がある。こうした理論に基づくさまざまな経営戦略が考えられる。どのような経営戦略が大手物流企業に効果的であるのか。

大手物流企業の行動を念頭に置きながら先行研究を整理して、大手物流企業に効果的な経

営戦略について検討を行い、ドイツポストDHL(DP DHL)とTNTのケーススタディを実例に、検討した経営戦略の有効性を確認する。

2.先行研究からの効果的な経営戦略の明確化

2.1経営戦略論の類型と大手物企業の経営戦略  

経営戦略論は事業戦略と企業戦略の二つの分野に大別される。事業戦略は単一の産業内における競争優位に焦点をあて、企業戦略は多角化した事業をマネジメントするために企業全体の計画を策定することに焦点を当てる(コリス・モンゴメリー(2004)原著まえがき)。

事業戦略は、企業が特定の市場もしくは業界でとることができる具体的行動で、垂直統合、コストリーダーシップ、製品差別化などがある(バーニー(2003)序章p.11)。

企業戦略は、内部成長戦略と外部成長戦略に分けて検討することができる。

内部成長戦略とは、自社内部の経営資源(強み)を活用して成長を図る方法であり、徐々に成長を図っていくために、その過程で新しい資源の蓄積や能力の学習が行われ、自社に特有のものとして形成されるという特徴がある。例えば、新製品開発と社内ベンチャーに基づく事業創造に分類して検討できる(中村(2006-7 )p.6)。

外部成長戦略とは、企業の外部から経営資源を獲得する方法であり、自社で内部開発するよりも時間的なメリットがあり、素早く戦略目標を達成することを意図する成長戦略である。外部成長戦略は、M&A、戦略的提携、合弁、アウトソーシングなどの形態を採る(中村(2006-7 )p.7)。

物流企業の事業戦略上の特徴としては、規模・範囲が輸送キャパシティー、ネットワークの広さ、サービスの幅を規定することになる。コストリーダーシップを発現するための規模・範囲の拡大が、競争相手に対する差別化に繋がるのである。企業(成長)戦略でも、規模・範囲の経済の発現を目指したM&Aが多く行われている。

端的な事例がコンテナ船業界である(レビンソン(2007)No.4542,4557,4575)。

2.2事業戦略としての伝統的な経営戦略論の物流業界での有効性

ミンツバーグは経営戦略論を10のスクールに分類している(ミンツバーグ他(2013))。寺前は、ミンツバーグの分類に対応して、チャンドラーを代表とするデザイン・スクール、ポーターを代表とするポジショニング・スクール、バーニーを代表とするカルチャー・スクールを伝統的な経営戦略論として分類している(寺前(2013)p.34)。

寺前はさらに、こうした伝統的な経営戦略論は、安定的な環境を念頭において確立されており、ダイナミックな視点(業界環境の不確実性などの視点)が欠けていると指摘する(寺前(2013)p.46)。ダイナミックな環境変化を想定していない経営戦略理論の有効性について疑問が提示されているのである。ダイナミックな環境変化を想定した経営戦略には、ダイナミック・ケイパビリティ理論、破壊的イノベーション理論などがある。

河合は、ポジショニング・スクールを代表するポーターのポジショニング理論は不確実な環境での戦略を処方し得るダイナミック戦略ではなく,安定した環境を前提としたものであり,競争不確実性と需要不確実性のいずれも想定していないと指摘している(河 合(2004)pp.41-42)。

また、カルチャー・スクールのバーニーの資源ベース理論 については,ポーターとは異なり競争優位性を外部環境との関連のみで論じるのではなく,企業が持っている各種経営資源との関連の重要性を指摘し、より統合的な競争優位性の理論であるものの、企業内の経営資源に関心を集中させたがために、「ダイナミックな環境変化(がもたらす不確実性)」に,いかに対処するかという問題意識がほとんどないと論じている(河合(2004)pp. 51-52)。

物流企業の競争環境を考えた場合、景気変動による短期的な需要変動は大きいが、技術革新による競争環境の劇的な変化といったものは少なく、長期間に渡って変化が引き起こされる。例えば、需要変動が大きい海運業界における一大技術革命(レビンソン(2007)No.280)であるコンテナ輸送を見ても、1956年に初めのコンテナ船による航海から6年近く経過した時点でもコンテナリゼーションは海運業界でさほど目立たず、ようやくコンテナ船ブームが始まるのは1965年であった(レビンソン(2007)No.3181、3250)。

こうした点から、物流業界では伝統的な経営戦略論は有効性があると考えられる。

2.3企業戦略としてのM&Aの有効性

 企業戦略におけるM&Aの効果については、売り手と買い手によっても異なるなど様々な議論があるが、買い手側の成功確率はおおむね50%だと市場では判断しているといわれる(服部(2015) p.493)。

M&Aの効果に関する研究は、株価効果と業績効果の研究に分類される。

株価効果については、多くの研究が、短期的(1~3日)に買収企業の株価へはマイナス効果、ターゲット企業にはプラス効果があると報告しており、ほぼ合意された結論である(芳賀・立本(2016)p.113)。長期的(数カ月~3年)には、有意な変化は認められていない。

 業績効果については、M&Aが業績に対して一般的に効果があるという結論には至っていないが、買収企業とターゲット企業が特定の事業関連性を持つときには、M&Aが効果を持つことが既存研究では報告されている(芳賀・立本(2016)p.135)。

 また、服部は、M&Aが成功するケースとは、目指したシナジーが単純明快でわかりやすく、誰が説明しても1~2分で説明できて、多くの人が聞いた瞬間に納得して実現性が高いと考えるようなシナジーを目指したケースだと指摘する(服部(2015)p.589)。

事業関連性があり、シナジーがわかりやすい大手物流企業によるM&Aの事例としては、ドイツポストによるDHL、ダンザス、エクセルなど物流企業の買収や、APモラーマースクによるコンテナ船会社の買収などである。

2.4規模の経済と範囲の経済

規模の経済とは、単一の製品やサービスを、より多量に製造・販売するにしたがって平均費用が低下するときに生じる。また範囲の経済は、複数の製品を製造・販売する際に、それぞれの製品の製造・販売を別の企業が行う費用よりも、単一の企業ですべての製品の製造・販売を行う費用の方が少ないときに生ずる(コリス・モンゴメリー(2004)p.106)。

単位コストは無限に低下し続けることはなく、一定量を超えると規模の不経済が生じる。規模の経済を追求するには相当額の投資が必要であり、多くの場合、特殊化した資産が投資の対象となる。企業は長期間にわたって実現されるコストの減少を通してこのような投資を回収することを期待する。これらの埋没投資は企業を現行の戦略に縛りつけるため、顧客の嗜好、原材料の価格、競争相手の戦略が変化した場合でも、企業は効果のなくなった戦略を転換できないことがある(コリス・モンゴメリー(2004)pp.105-106)。

大手物流企業の事業は規模と範囲の経済により、平均コストの低減が期待でき、サービス品質の維持・向上が期待できる。コンテナ輸送業界はその代表である(レビンソン(2007)No.4542)。相当額の投資を行ったとしても長期的に規模と範囲の経済を目指すことは有効と考えられる。

2.5組織構造

市場であれ階層組織であれ、一概に一方が理想的な組織形態であるとはいえないどちらかが理想的な形態であるとすれば、経済は一企業か、無数の個人事業主に完全に支配されてしまうであろう。どちらの形態にも、コストとベネフィットがある(コリス・モンゴメリー(2004)p.193)。

宅配サービスやインテグレーターのエクスプレスサービスなどの高度な物流サービスを提供する大手物流企業が選択する組織形態は、階層組織である。垂直統合による高度な物流サービスを提供することが可能となる。

階層組織を選択する理由は、大手物流企業ではバリューチェーンを自社で保有することで競争優位を生み出すことが可能なためである。エクスプレスサービス、宅配便が代表的な事例である。また、ルーチンが定められており、権限を行使して従業員を従わせることで組織の効率性が高まる(コリス・モンゴメリー(2004)p.193)ため物流企業には適合性が高い。

2.6大手物流企業に効果的な経営戦略

 以上の考察から、大手物流企業にとっては、現在のような不確実の高い経営環境下においても、規模・範囲の経済の発現を目的としたM&Aによる成長戦略、コストリーダーシップ戦略・差別化戦略による事業戦略、そしてそれを支える階層組織による垂直統合が、効果的な経営戦略と考えられる。こうした経営戦略をこの論考では伝統的物流経営戦略と呼ぶこととする。

 次章では、DP DHLとTNTのケーススタディを通して伝統的物流経営戦略の有効性を確認する。

3.DP DHLとTNTのケーススタディ

3.1 DP DHL

ドイツ連邦郵便の国営事業の1つであったドイツポストは1989年第一次郵便改革により公社化され、1995年第二次郵便改革によって株式会社化された。1990年最高経営責任者にクラウス・ツムヴィンケルが就任。ツムヴィンケルは郵便事業で人員の削減、郵便局数の削減・委託化を実施し、1990年代半ばには赤字事業であった郵便事業を黒字化させた。ドイツ国内の郵便事業からの安定的な利益を活用して、1997年以降、2005年までに120件、総額200億ユーロ以上の積極的な企業買収を行い(みずほ(2015)p.205)(表1)、世界最大の総合物流企業に企業規模を拡大させた。

高度に自動化・規格化された世界規模でのシステムと垂直統合された組織で、規模・範囲を拡大させ、高品質でグローバルなワンストップサービスを提供し、コストリーダーシップと差別化を図る戦略であった。DP DHLの業績をみると、堅調な郵便事業を軸に、ロジスティクス事業が順調に成長している (図1,2)。

米国エクスプレス事業については、2003年UPS、FedExに対抗するため、当時米国市場で業界3位のエアボーンエクスプレスを10億5千万ドルで買収して、米国国内エクスプレス事業に参入した(ロジビズ(2007)p.25)。しかし、エアボーンエクスプレスはローコストで不十分なネットワークしか保有していなかった。DP DHLのサービスレベルに引き上げるためには、買収後に事業再構築のための多額の投資が必要で、2007年時点で買収額を上回る12億ドルの追加投資を迫られた(ロジビズ(2007)p.26)。

表1

 図1

DP DHLは2007年の世界金融危機の影響を大きく受ける(図1,2)。エクスプレス市場は、金融危機以降、高価格・航空輸送へのニーズの高まりから低価格・陸送輸送をベースとしたエコノミーエクスプレス志向にシフトし(TNT AR (2008)p.34)、欧州では市場が縮小した(図3)。

図2

図3

さらに、米国国内エクスプレス事業の不振もあり、初の赤字に転落した。純資産比率は3%程度まで落ち込み、経営危機といえる状況に追い詰められた。同年、CEOがフランク・アッペルに交代し、事業ポートフォリオの改善に着手する。ポストバンクの売却による資本増強と米国エクスプレス事業から撤退して、大きく採算性を改善させていく(みずほ(2015)p.206)。さらに、フランスの郵便事業子会社、イギリスのロジスティクス事業子会社など非中核事業を売却するリストラクチャリングを断行した(DHL AR(2010)p.85)。また、同時に、中国SinotransやShanghai Quanyi Expressに出資し、事業の重点地域を米国市場から成長性の高いアジア市場へシフトしている(DHL AR(2009)p.50)(図3)。この戦略が功を奏し、その後の成長へと繋がることとなる。

それ以降 DP DHLはM&Aによる拡大戦略ではなく、バランスのとれたポートフォリオ形成とネットワークの有効活用を主眼とした採算性重視の経営にシフトした(みずほ(2015)p.206)。DP DHLは自力成長と買収した企業群の組織統合を伴うシナジー効果により、順調な成長を続けている。

3.2 TNT

オーストラリアで創業したTNT は積極的な企業買収でグローバルな物流企業として1980年代に急成長した。1990年代にはエクスプレス事業ではヨーロッパのリーダー的な存在であった(星野(2004)p.14)。

TNTは1996年オランダの半官半民企業であったKPNに買収される。国家事業の郵便が民間企業を買収する画期的な出来事で、郵便事業のグローバル競争の幕開けとなるとともに、その後の世界的な物流企業再編の契機となる一大事件であった。

その後、KPNは電話会社として分離し、TPG(TNTポストグループ)として独立。郵便、エクスプレス、ロジスティクスを統合した企業への発展を目指し、企業買収と関係会社売却などを続けながら業容の拡張を続けた。2000年代前半まで欧米の郵便自由化の中では、DP DHL(当時ドイツポスト)と並び勝ち組と考えられていた(星野(2004)p.19)。

しかし、2005年経営戦略の大転換を行い、事業と市場の選択と集中を始める。2006年にはロジスティクス部門をファンドへ売却、2006年にはフレートマネジメント部門をGeodisへ売却した。各事業の売上高はそれぞれ2005年EUR35億、EUR8億であるが、両事業の収益性の低さが戦略転換の背景にはあった(JOC(2006)p.43)。ちなみにロジスティクス部門の内、3PL事業はEU内でDP DHLに次ぐ第2の規模であった(DP DHL AR(2005)p.42)。

エクスプレス業務は当時毎年10-15%の割合で伸びており、2012年には営業収益2400億円、利益率10%の規模に達すると予測していた。そのため成長分野のエクスプレス事業と、今後欧州市場で自由化が期待でき、英国やドイツでも一定のシェアを持つ郵便事業で企業成長が可能と判断し、同事業分野へ経営資源を集中する経営戦略であった(TNT AR(2006)p.16)。

また、併せて市場の選択と集中も行い、成長市場である東欧や中国へ経営資源を集中。特に中国とEU間の物流を強化した(TNT AR(2006)p.14)。一方、DP DHLとは一線を画して、世界最大の市場でもある米国市場は重視しなかった。米国はすでにUPS、FEDEX、DP DHLによる競争が激しいため、他地域に注力した。

TNTの業績推移を見ると、売上高については堅調に推移している(図4)が、利益については、2008年以降は世界金融危機に伴い、欧州域内でもエクスプレス市場が縮小したため、伸び悩んでいる(図5,6)。

これはEUの郵便市場の大きな環境変化が影響している。EUでは2011年までに大部分は自由化され、2013年の完全自由化を予定していた。2008年時点では、ドイツ、英国、フィンランドが自由化を実施している。しかし、実際は多くの国において新規業者の参入規制を作ることにより、政府が現行業者を保護した。特にドイツにおいては、ライセンス条件と共に拘束力のある高水準の最低賃金が存在しており、新規参入者の事業拡大は難しい状況であった(TNT AR(2008)p.15)。

郵便事業についても、構造的な費用増加や他国への参入障壁、規制もあり、前年度を下回る結果に至っている。

これらに加えて、インターネットの発達により、ヨーロッパの多くの国において、郵便市場は減少しており、郵便市場の環境は抜本的な変化に直面していた(TNT AR(2008)p.10)(桜井(2008)p.79)(図7)。

図4

図5

図6

こうした外部環境要因だけではなく、今後成長を見込めるがネットワーク拡充に多額の投資が必要となるエクスプレス事業と、キャッシュを生むが成長性が低く、効率化を求められる郵便事業では、十分なシナジーを発揮できなかったため、2011年には郵便事業(PostNL)とエクスプレス事業(TNT)に分割された。

図7

TNTは2010年のアニュアルレポートで、この分割により株主は、郵便事業での価値投資かエクスプレス事業での成長投資のいずれかを選択できるようになると述べている(TNT AR(2010)p.11)。

その後、TNTのエクスプレス事業は、欧州市場でのシェア拡大を狙うUPS(2012年)とFedEx(2015年)から買収提案を受け、2016年FedExに買収される。TNTはKPNによる買収から20年後、FedExの傘下に入ることとなった。

3.3 伝統的物流経営戦略の有効性

DP DHLとTNTのケースを比較して何がこれほど大きな違いを生んだのか検討したい。

まず、当初両社ともにグローバルなワンストップサービスの確立を目指してM&Aによる成長戦略を取っていたが、TNTが2005年に非中核事業と判断したロジスティクス部門とフレート部門を売却して、中核事業の郵便事業とエクスプレス事業に経営資源を集中させる経営戦略の大方針転換を行った。この判断がその後の業績の違いを生むきっかけとなる。

当時のTNTの経営戦略の転換は、事業収益性から判断されたが、2007年の世界金融危機を契機とした事業環境の変化に対して、事業ポートフォリオが不十分となり、エクスプレス事業の落ち込みと郵便事業の不振を支えることが難しくなった。

一方、DP DHLも、世界金融危機後、米国エクスプレス事業の清算、ポストバンクや仏郵便事業などの売却などリストラクチャリングを行ったが、ロジスティクス事業は中核事業として売却しなかった。むしろロジスティクス事業でエクスプレス事業の売上の落ち込みを支え、その後の安定的な成長へと繋げる。

TNTが売却したロジスティクス事業は、金融ファンドの下で2007年米Eagleと経営統合してCEVAとなり、フレートマネジメント部門もGeodisの事業としてそれぞれ成長を続けている。こうした点からすると、2005年のTNTの経営判断は早計であったといえる。

DP DHLとTNTのケースから物流企業の経営戦略への教訓は、2章でみたとおり、伝統的な経営戦略論に沿って、規模・範囲の経済を目的としたコストリーダーシップ戦略、ネットワークおよびサービスの多様性による差別化戦略、効率性を高め競争優位を生むための階層組織による垂直統合、とあらゆる事業戦略をとりながら、企業戦略では事業関連性を持つ企業のM&Aを積極的に行うこと、そしてその経営戦略の徹底を図ることの重要性である。

また、経営戦略の転換を行うタイミング、経営戦略の時間軸、も重要である。物流事業は収益性が低く、投資は大きく回収にも長期間を必要とする。2.2でも述べたとおり、物流市場の変化は、短期的な需要変動は大きいが、技術革新が少なく、電子産業など他産業と比較すれば競争環境の変化は長期間に渡って続く。そのため業績のみから短期的な経営判断を下すより、長期的トレンドに基づき戦略判断を行うべきである。

TNTの前身KPNが1996年に行ったTNT買収は郵便事業の自由化を見据えた賢明な経営判断であった。EUの郵便市場自由化の流れ(星野(2004)p.28)の中で、各国の政治情勢もあるが、オランダ、ドイツは先行し、英国、フランスは後塵を拝した(星野(2004)p.17)。TNTは自由化の流れに乗り、DP DHLと共に物流業界再編の中で勝ち組として成長する。一方、TNTの2005年の経営戦略の転換は、ロジスティクス・フレート事業の低収益性という短期的な経営判断の結果であるが、世界金融危機という市場環境変化への適応力を低下させる結果となった。

長期的な視点から伝統的物流経営戦略の徹底が大手物流企業の経営戦略としては有効性があると考えられる。

4.日系大手物流企業の経営戦略への示唆

日系大手物流企業の企業戦略では、外航コンテナ海運業界は例外として、これまで一般的には、内部成長戦略が重視されてきた。しかし2000年代後半のメーカー物流子会社の再編に始まり、2013年以降、日本郵政による豪トールの買収、近鉄エクスプレスによるAPLロジスティクス買収、佐川ホールディングスによる日立物流の買収など、M&Aによる外部成長戦略を取る日系大手物流企業が増えている。これらの企業戦略は規模・範囲の経済の発現を目的としたものである。

2章でも述べたとおり、物流企業の事業戦略上の特徴としては、規模・範囲が輸送キャパシティー、ネットワークの広さ、サービスの幅を規定することになる。コストリーダーシップを発現するための規模・範囲の拡大が、競争相手に対する差別化に繋がる。今後、欧米物流企業同様、国内外でのM&Aはさらに活発化するものと予想される。 日系大手物流企業がグローバル物流市場の競争で勝ち残るためには、規模・範囲の経済の発現を目的としたM&Aによる成長戦略と共に、

コストリーダーシップ戦略・差別化戦略による事業戦略、そしてそれを支える組織の垂直統合が重要であり、長期的にその徹底を図る必要がある。

参考文献

・河合忠彦(2004)『ダイナミック戦略論』有斐閣

・コリス、デビッド・J モンゴメリー、シンシア・A. (2004)『資源ベースの経営戦略論』根来龍之 蛭田啓 久保亮一訳, 東洋経済新報社

・桜井徹(2008) 「郵便事業自由化と社会的規制」立命館経営学第46号第6号pp.69-93

・寺前俊孝(2013)「伝統的な経営戦略論の再吟味」名城論叢 第14巻第2号2013年9月 pp.33-56

・中村公一(2006-7)「企業成長と成長戦略‐事業拡大の支点から知識創造の視点へ‐」駒沢経営研究第38巻第1・2号, pp.1-18

・芳賀裕子 立本博文(2016)「M&Aの効果と多角化戦略との関係に関する文献サーベイ」赤門マネジメント・レビュー15巻3号,pp.109-166

・服部暢達(2015)『日本のM&A』日経BP社

・バーニー, ジェイ B(2003)『企業戦略論(上)基本編』岡田正大訳 ダイヤモンド社

・星野興爾(2004)『世界の郵便改革』YUKENSHA

・みずほ銀行産業調査部(2015)「欧州グローバルトップ企業の競争戦略‐物流 欧州統合下におけるドイツポストDHLの成長戦略」

・ミンツバーグ、ヘンリー アルストランド、ブルースランベル、ジョセフ(2013)『戦略サファリ第2版』斎藤嘉則訳 東洋経済新報社

・レビンソン、マルク(2007)『コンテナ物語』日系BP出版Kindle版

・ロジビズ2007年12月pp.24-27

・DP DHL Annual Report(2002‐2016)

・TNT Annual Report(2004-2015)

・The Journal of Commerce, July.17, 2006, pp.41-43