サプライチェーンマネジメント論

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第1章 ロジスティクスと競争優位

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一九九一年の初め、世界中にロジスティクスの重要性を象徴する劇的な事件、湾岸戦争、が起こった。その際、アメリカ合衆国は先鋒として、大量軍事物資の遠距離輸送を困難と予想された短期間に行わなければならなかった。わずか数ヶ月の間に一万二千キロもの距離を、五十万人の軍隊と五十万トンを超えるの軍事物資が空輸され、更に二百三十万トンもの軍事機器が海上輸送されたのであった。

 人類の歴史を通してロジスティクスの能力の差が戦争の勝敗を左右してきた。アメリカの独立戦争においてもイギリス側のロジスティクスの失敗がイギリスの敗北に影響したといわれている。当時アメリカにいたイギリス軍は補給物資のほとんどを自国からの補給に頼っていた。戦争の最も激しい時期には一万二千の兵士がアメリカに駐留していたが、軍事物資と食糧はイギリスから供給されていたのである。戦争の最初の六年間、イギリス側はこうした極めて重要な物資の管理ができていなかった。それは兵士の管理に支障をきたし、兵士のモラールにも影響を与えた。軍事物資を十分に供給できる組織は一七八一年になってやっと構築されたが、その時はもう既に手遅れの状況であった。

 第二次世界大戦のおいてもロジスティクスは重要な役割を担っていた。連合軍によるヨーロッパ侵略は、ロンメル将軍の砂漠での敗北のように、ロジスティクスにとって良い教訓となった。ロンメル将軍は「戦争は、実際に戦う以前に、補給部隊によってその勝敗が決定される」と述べている。

 軍司令官と陸軍元帥がロジスティクスの重要性について理解していたにもかかわらず、ロジスティクス・マネジメントが競争優位を達成するために極めて重要であると企業が最近になってようやく認識したのは不思議なことだ。この認識の低さは、統合的なロジスティクスから得られる便益について、十分に理解がされていないためであろう。アーチ・ショウは、一九一五年に次のように指摘している。

「需要創造活動と物的供給活動の関係は、…相互依存とバランスという二つの原則の存在を意味する。 こうした活動がグループ内、あるいは他のグループとのコーディネーションがうまくゆかず、これら活動のいずれかに過度の重点や、経費がかけられれば、効率的な輸送を意味するための力の均衡を破壊することは必須である。

 …物流は需要創造とは別個の問題である…配送活動での数多くの価値ある失敗が、需要創造と物的供給のコーディネーションの失敗に起因している…

後になって問題を生じさせないためには、供給の問題は配送業務が始まる以前に解決しておかなければならない。」

ロジスティクス・マネジメントの基本的な定義が明確にされたのは、この指摘から七十年余りが経てからである。

 今日、ロジスティクス・マネジメントとはどのように定義されるのであろうか。多くの定義の仕方があると思われるが、基本的な考え方は次のようになるであろう。

「ロジスティクスとは、効果的なオーダー管理によって、現在及び将来の収益性を極大化させ、経営組織とマーケティングチャネルを通して原材料や部品、製品(および関連情報フロー)の調達、輸送、保管業務を戦略的にマネジメントするプロセスである。」

 この基本的な定義はこの本書を通じて更に説明が加えられるが、現段階としては十分であろう。

競争優位

 この著書の中心的なテーマは、効果的なロジスティクス・マネジメントが競争優位の源泉となりうるということだ。言いかえれば、ロジスティクスによって、顧客満足という観点から競合に対して優位性を維持することができるのである。

 マーケットにおいての成功要因は数多くあるが、簡単なモデルとして、企業(Company)、

顧客(Customers)、競合(Competitors)の三角関係で表現されるモデル- 3Cモデル-がある。3Cの関係は図・1.1のようにあらわされる。

図・1.1 競争優位と”3C’s”

        Customer        顧客

        Needs seeking benefits at acceptable price   価格反応性

        Company 企業

        Assets & utilization    資産及び資産稼働率

        Competitor      競合

        Value           付加価値

        Cost differentials              コスト優位

 競争優位の源泉は第一に、顧客の視点から企業にどれだけ競合との差別化をはかる能力があるかである。第二にローコストにてオペレーションを行えること、すなわちより大きな利益を得られることだ。

 持続的なかつ安定的な競争優位の確立は、マーケットの動向を常に注視している経営者にとって重要な関心事となっている。経営者はもはや良い製品を自分達だけで売れると考えてはいけないし、今日の成功が明日の成功に繋がると思ってはいけない。

 競争状態での成功のための基本的な要因を考えてみたい。最も基礎的な部分では、ビジネスでの成功は、コスト優位または、価値優位、そして望ましくは両者の組み合わせから導かれる。最も高収益の企業はどの産業でも、最も差別的な価格で商品を供給できるローコストメーカーかサプライヤーである。

 高収益企業は生産性優位または価値優位、及びその両者を兼ね備えている。生産性優位はローコストの側面を生み、価値優位は競合の提供する製品やサービスに対して、差別的な製品やサービスを生み出すのである。

 この二つの戦略について考えてみたい。

生産性優位

 どの産業においても、ローコストメーカーであり、かつ最大の売上高を誇る企業が存在する。コスト優位については「大きなことは良いことだ」という証拠がある。それはまず、固定費を分散させることができる「規模の経済」という点である。さらに言えば「経験曲線」という概念が挙げられる。

 「経験曲線」は、「学習曲線」の概念に起源をもつ。第二次大戦中に研究者が、労働者は生産過程で体得する技能や知識をもって自らの生産性を改善することが可能であることを発見した。ボストン・コンサルティング・グループの創業者、ブルース・ヘンダーソンが、この概念をすべてのコストについて当てはめるように普遍化したのが経験曲線である。すなわち単に生産コストだけではなく、どんなコストについても生産量が増加するに従って単位当りのコストが減少することを明示したのである。図1.2は単位当りの実質コストと累積生産量との間の経験曲線を表している。更にこのコストの減少は「付加価値」についてのみあてはまることが次第にわかってきた。

 かつてコスト削減のための中心的な手段は販売数量の拡大であり、相対的なマーケットシェアと相対的なコストとの間に密接な関係があると考えられてきた。しかしロジスティクス・マネジメントが、効率性と生産性を向上させ、単位当りコストを大きく削減するためにさまざまな手段を提供することが認識されるようになってきた。これらがどのように達成されるのかが本書の重要なテーマの一つである。

図・1.2 経験曲線

        real costs per unit     単位当り実質コスト

        cumulative volume       累積生産量

価値優位

 長い間マーケティングでは「顧客は製品を買うのではなく、利便性を買う」といわれてきた。言いかえれば顧客は製品その物だけを判断して購入するのではなく、製品の持つ利便性を期待して購入するのである。こうした利便性は無形だ。すなわち製品の容姿に表れるものではなく、イメージや評判に表れるものである。

 自社の提供する製品やサービスが競合と明確に区別されるものでなければ、マーケットでは自社の製品はありふれた商品とみなされ、他のサプライヤーの安い製品が売れることとなってしまうであろう。このように、マーケットにおける競争で競合とは異なる特徴を得るためには、自社製品に付加価値を加えることが重要である。

 差別化を達成するためにはどのような手法があるであろうか。付加価値を重視する戦略の策定には、綿密なマーケットのセグメンテーションが必要となる。企業がマーケットを調査する場合、他と区別される「価値あるセグメント」がしばしば発見できる。すなわち、マーケットにおける一部の顧客は他の顧客とは異なる利便性に価値を見出すのである。利便性に基づいてセグメンテーションを行うことの重要性は、特定のセグメントに対して差別的なアピールを行うチャンスを得られる点である。自動車を例にとれば、フォードモンデオのようなモデルはヨーロピアンカーで中間的なカテゴリーのみに位置するべきではなく、もっと広いカテゴリーがふさわしいであろう。このようなタイプの自動車は、小型エンジンの2ドアタイプをセグメントの一端としてとらえ、大型エンジンの4ドアタイプはそのセグメントの対極としてとらえた上で、二つのセグメント間でさまざまなオプションを付加することによって、全く異なるセグメントのニーズに応えるようにするべきであろう。差別化を通して付加価値を付けることは、マーケットにおいて防御的な優位性を確立する重要な手段である。

 同様に価値を加えるための強力な手段としてサービスがある。次第にマーケットはサービス過敏になっており、ロジスティクス・マネジメントは大きな試練に直面している。多くのマーケットで「ブランド」の強さが後退し、コモディティー(ありきたりの商品)化が顕著となっている。端的にいえば、ブランドや企業イメージだけで競争することが次第に困難になってきているのである。更に、製品カテゴリー内でのテクノロジーの収束化が進んでいるため、テクノロジーをもとにした製品の差別化競争ががもやは困難となってきている。すなわちテクノロジー以外で差別化をはかることが不可欠となっているのである。こうした背景から多く企業では競争優位を確立するための手段としてサービスを重視している。この場合のサービスとは、追加的なサービスを提供することで顧客との関係を深めるためのプロセスと関係している。追加的なサービスには、配送サービスや販売後のアフターケア、金融サービス、技術的サポートなどがある。

 実際、高収益企業が生産性優位と価値優位の両方を重視した戦略で取組もうとしていることを見受ける。有効な戦略を決定するための手段として簡単なマトリックスを用いたい。

 図1.3のマトリックスを見てもらいたい。マトリックスの下左角に位置する企業にとって、マーケット活動は非常に困難であろう。商品は競合となんら差別化されず、コスト優位性もないからだ。これは典型的なコモディティー・マーケットにおける状況で、選択できる戦略としては右側のコスト・リーダーシップのマトリックスに移動するか、または上方のサービス・リーダーシップに移動する以外にはない。しかし多くの場合、コスト・リーダーシップへの移動が可能であるとは言えない。これは特に実質的なマーケットシェアを獲得することが困難な成熟市場において言える。新たなテクノロジーがコスト削減を可能とするかもしれないが、現状では同じテクノロジーが競合でも利用可能なことがしばしばあるからだ。

図・1.3 ロジスティクスと競争優位

        Value advantage                 価値優位

        Productivity advantage          生産性優位

        Service leader                  サービス・リーダー

        Commodity market                コモディティー・マーケット

        Cost and service leader         コスト・サービス・リーダー

        Cost leader                     コスト・リーダー

 コスト・リーダーシップ戦略は、売上数量を背景とする規模の経済を基礎にしている。多くの産業でマーケットシェアが重視されるのはそのためである。しかし、もし売上数量がコスト・リーダシップの基礎であるならば、商品のライフサイクルの初期でマーケットシェアを獲得するのが望ましいことになる。先ほど簡単に述べた「経験曲線」の概念から考えた場合、ライフサイクルの初期段階で競合より高いマーケットシェアを獲得することは、より生産コストを削減できることを意味する。このコスト優位性は、プライスリーダーのポジションを戦略的に予測し、高コスト体質の競合をマーケットより撤退させるために用いらてきた。その一方で、価格はプライスリーダーのマーケットにおける地位安定させるため、平均的な利益を確保するように維持されているのである。

 しかし現在ではコスト優位を確立するための手段としては、売上高や規模の経済が必要ではなくなりつつある。一方で必要とされているのがロジスティクス・マネジメントである。多くの産業でロジスティクス・コストが全コストの多くの部分を占めるようになってきており、ロジスティクス・プロセスの抜本的なリエンジニアリングによって大幅なコスト削減が可能となるのである。そのための手段は後ほど述べたい。

 マトリックスから導かれるコモディティー・マーケットの枠を突き破る戦略には、サービスによる差別化戦略がある。この点については既にコメントしているが、マーケットがさらにサービス過敏になってきていることが背景にある。顧客はどの産業においても、製品やサービスのより高い信頼性をサプライヤーに求めている。つまり、顧客はリードタイムの短縮化、ジャスト・イン・タイム・デリバリーなど自らの客により良いサービスを提供できるサプライヤーを求めているのである。第二章では、ロジスティクス・マネジメントに基づいたすぐれたサービス戦略を見てみたい。

 一つ明らかなのは、コストリーダーシップ戦略とサービス戦略の中間的戦略は存在しないということだ。マネジメントの目標としては、的確なロジスティクス戦略を策定し、図1.3のマトリックスの右上方へ組織を移行させることである。この地位に存在する企業は付加価値の高いサービスを、コスト競争力をもって提供している。その地位にいる企業を競合が打ち負かすのは非常に困難であろう。図1.4はロジスティクスの戦略的な目標を明確に表している。すなわち、コモディティー・マーケットの地位から差別化とコスト優位に基づいたより安定的な地位へと移行するための戦略を確立することが必要なのである。

 

図・1.4 ロジスティクスの戦略的目標

        Relative differentiation        相対的な差別化度

        Relative delivered cost 相対的なコスト優位性

ロジスティクスによる競争優位の確立

 過去十年以上にわたるマネジメント研究の中で最も重要であったのが、顧客の視点から優れた価値を提供する戦略についての研究である。この研究で影響力が最も大きかったのは、ハーバード・ビジネススクール教授のマイケル・ポーターであろう。マイケル・ポーターの研究や著書を通じて、経営者達はマーケットで成功するために重要となる競争優位について多くを学んだ。

 マイケル・ポーターが説いた概念の一つが「価値連鎖(バリューチェーン)」である。

「競争優位は、会社を全体として観察することによっては理解できない。競争優位は、会社がその製品を設計し、製造し、マーケティングをやり、流通チャネルに送り出し、各種サービスをやる、といった多くの別々の活動から生まれてくるのである。これらの活動それぞれが、会社の相対的コスト地位に貢献し、また、差別化の基礎を創造する。…価値連鎖という概念は、コストのビヘイビアおよび差別化の、現存または潜在の源泉を理解するために、会社を戦略的に重要な活動に分解するのである。これらの戦略的に重要な活動を、競争相手よりもより安く、またはより良く行うことによって競争優位は入手できるのである。」(M.E.ポーター著 土岐坤・中辻萬治・小野寺武夫訳 『競争優位の戦略』 ダイヤモンド社 1985年 45頁)

 バリューチェーンは二種類の活動に分類できる(図1.5参照)。購買物流、製造、出荷物流、販売・マーケティング、サービスの主活動、及び、全般管理(インフラストラクチャ)、人事・労務管理、技術開発、調達活動の支援活動である。これら支援活動は、企業内のさまざまな基本活動にまたがった統合的機能である。競争優位は、バリューチェーン内で企業がこれら個別活動を組織し、遂行することで生まれる。競合を上回る競争優位を獲得するためには、これらの活動を競合よりも効率的に行うか、またはより大きな差別化を生む特徴的な活動を行うことによって顧客に価値を与えねばならない。ロジスティクス・マネジメントは、企業を支援することでコスト・生産性優位と価値優位の両者を達成させる潜在性を持っている。第一に図1.6が表すように、ロジスティクスによる生産性向上のための重要な方策がいくつかある。改善の可能性は後で述べるとして、より効率的な収容能力の活用、在庫削減などサプライヤーとのロジスティクス統合化などが考えられる。現段階ではここまでのコメントにとどめておきたい。同様にマーケットでの価値優位をより優れた顧客サービスによって獲得する手法を過小評価すべきではない。顧客にサービスを提供することが、差別化のために極めて重要であることは後ほど述べたい。

 要約すると、将来のマーケットでのリーダー企業は、コスト・リーダーシップとサービス・リーダーシップという両者を同時に達成する企業である。

 ロジスティクス概念の背景にある哲学は、かつて良く唱えられたように独立した活動の連鎖として物の流れを管理するということではなく、供給源からユーザーへとわたる物の流れを統合的なシステムとして計画し、実施するということである。このようにロジスティクス・マネジメントの時代においては、ロジスティクス活動の最終目的は、高レベルの顧客サービスを低いコストで提供できるように、マーケット、配送ネットワーク、生産活動、調達活動などと密接に連動させることである。言い方を変えれば、コスト削減とサービス向上を通して競争優位を確立させることである。

図・1.5 バリューチェーン

        Support activities              支援活動

        Firm infrastructure             全般管理(インフラストラクチャ)

        Human resource management       人事・労務管理

        Technology development          技術開発

        Procurement                     調達活動

        Inbound logistics               購買物流

        Operations                      製造

        Outbound logistics              出荷物流

        Marketing and sales             販売・マーケティング

        Service                         サービス

        Margin                          マージン

図・1.6  ロジスティクスで築く競争優位

        Value advantage                         価値優位

        Productivity advantage          生産性優位

        Logistics leverage opportunities                ロジスティクス・レバレッジ

        Reliability                     信頼度       

        Responsiveness                  感応度

        Capacity utilization            設備稼働率

        Asset turn                      資産回転率

        Co-makership/schedule integration 共同生産・スケジュール統合

        The goal : superior customer value 最終目標:優れた顧客サービス

ロジスティクス・マネジメントの使命

今まで述べたように、ロジスティクス・マネジメントの使命は、最低限のコストで目標とするサービスおよび品質レベルを達成するために、必要な作業を計画し、実施することである。したがってロジスティクスは、マーケットと営業活動とを結び付けるものとして捉えられなければならない。ロジスティクスの業務範囲は組織全体にまたがっており、原材料の購買作業から最終製品の配送までとなる。図1.7がトータル・システムとしてのロジスティクス概念を表している。

図・1.7  ロジスティクス・マネジメント・プロセス

        Material flow   物の流れ

        Required information flow       情報の流れ

Suppliers       サプライヤー

        Procurement     調達物流

        Operations      製造

        Distribution    出荷物流

        Customer                顧客

トータル・システムとしての観点から見ると、ロジスティクス・マネジメントはマーケットから企業、サプライヤーに渡って、物と情報の流れを通して顧客ニーズを満足させるための手段である。この企業全体にまたがる統合化を成功させるためには、従来企業で行われてきたものとは全く異なる戦略が必要となる。

例えば、長年の間企業の中で、マーケティングと製造は全く区別された活動であると考えられてきた。せいぜい両者は共に存在すると考えられてきたか、悪い場合には対立状態にあった。製造志向の場合、一般的には、段取り作業と配置替えを最小限にした作業工程と製品の標準化によって作業を効率的にすることに焦点があてられた。一方でマーケティング志向の場合には、多様な高レベルのサービスと頻繁な製品の変更によって競争優位を確立することが主眼とされた。

今日のような激動の経営環境の中では、製造とマーケティングが別個に活動するような企業にはもはや成功の可能性は残されていない。製造とマーケティングの間の争いは、明らかに企業の目的と反するものでしかない。

近年、製造とマーケティングが再度注目されているのは偶然ではない。西欧では今日、顧客志向のマーケティングが今まで以上に必要だと理解されている。顧客の要請を理解して適合させることは、企業が生き残るために欠くことができないと認識されている。同時に、コスト優位を確立する課程で、製造管理が再生のための主題となってきた。この十年の間にフレキシブル生産システム(FMS)の導入や、資材所要量計画(MRP)、ジャスト・イン・タイム(JIT)方式などさまざまな取組みが行われたが、恐らくその中で最も重要なものは品質に対する取組みであろう。

同様に、調達活動が統合的なロジスティクス・プロセスの一部として競争優位を確立し、維持するための重要な役割を担うと理解されはじてめている。最先端の組織では戦略計画策定の課程でサプライヤー側の問題も考慮に入れている。多くの企業で原材料費や資材費が全費用の中に占める割合が大きいというばかりでなく、需要家とサプライヤー間のロジスティクス・プロセスを統合化することによって、サプライヤーの能力と競争力を高めるための大きなチャンスが存在するのである。

以上のようにロジスティクスは、企業においてシステム的な考え方を促進させるための統合的な概念である。ロジスティクスとは、マーケットニーズから製造計画を立て、強いてはそれが調達計画に結びつくようなフレームワークを作るための概念である。理想的には、マーケティングと配送、製造、調達計画が分離した従来の個別計画を排除し、統合計画を目指すべきであろう。これがロジスティクス・マネジメントの使命なのである。

サプライチェーンと競争優位

伝統的に企業は生き残るためには激しい競争が必要で、それぞれが孤立した存在であると考えられてきた。こうした考えの背景には、「適者生存」というダーウィン理論がある。しかし、もし競争のためお互いに協力することを拒むことになれば、そうした理論は自己崩壊してしまうであろう。ここにはサプライチェーンの逆説的な概念がある。

サプライチェーンは、川上から川下までの一貫活動を通して、顧客に製品やサービスといった形で価値を与えるネットワークである。例えば、シャツメーカーは川上では生地メーカーから繊維メーカー、川下では卸売業者から小売業者まで繋がるサプライチェーンの一部である。サプライチェーンの中では、それぞれの組織は定義上お互いに依存関係にあるが、伝統的にそれほど協調的ではなかった。

サプライチェーン・マネジメントは「垂直統合」とは同じ意味ではない。通常、垂直統合とは川上のサプライヤーと川下の消費者との一体化を意味する。かつてこの垂直統合は理想的な戦略であると考えられた。しかし現在では、企業は次第に自社の「コア・ビジネス」に注力するようになっており、得意分野で競合とは異なる優位性を持とうとしている。本業以外の業務は「アウトソース」、すなわち外部調達するようになっている。そのため、例えば自動車製造業のように、かつては自社ですべての部品を製造・組立てていた企業も、現在では最終製品を組み立てるだけとなっている。他にもナイキのようにサブコントラクターに製造を委託している場合もある。これらの企業の組織形態を「バーチャル」または「ネットワーク」組織と呼ぶ場合がある。こうした組織形態の典型は、製品コストの90パーセント以上が外部購入品のアップルコンピューターにみることができる。

こうした潮流は、多数のサプライヤーからの商品を管理するだけではなく、多数の卸業者を起用して製品の配送を管理するロジスティクス・マネジメントにとって大きな意味を持つものである。

 かつてサプライヤーと顧客との関係は、卸業者と小売業者のように、協調的であるというよりも敵対的であった。今日でも、サプライチェーンのパートナーを犠牲にしてコストを押さえることで利益率を上げようとする企業が存在する。このような企業は川上や川下に向かって単にコストを移動させるだけであって、競争力が得られないことを認識していない。なぜならば、最終的にすべてのコストはユーザーによって価格が決定されるコンシューマー・マーケットに行き着くからである。最先端を走る企業は従来のアプローチの誤りを認識しており、付加価値と全体的なコストダウンによって競争力をつけることができるサプライチェーンを構築しようとしている。こうした企業は、本当の競争が企業VS企業ではなく、サプライチェーンVSサプライチェーンであることを理解しているのである。

 サプライチェーン・マネジメントの概念は比較的新しいものではあるが、ロジスティクス理論の延長上にあることを認識するべきである。ロジスティクス・マネジメントは主に企業内フローの最適化に関係しているが、サプライチェーン・マネジメントが企業内部の統合だけでは不充分ではある。図1.8では、生産や購買などが他のビジネス機能から独立して機能している第一段階以降のロジスティクスの発展段階を表している。第一段階の例としては、完成品在庫数量や在庫スペース、運転資本への影響を全く考慮しないで計画された長い生産ラインにより、単位当り生産コストを極大化しようとすることが挙げられる。

 第二段階にある企業は、配送と在庫、または、購買と原材料管理といった相互に関係するビジネス機能を統合することの必要性は少なくとも認識している。第三段階では、後ほど触れるが調達活動から配送活動までを念頭に置いた統合計画のフレームワークが必要とされる。

 第四段階は、第三段階で到達したリンケージとコーディネーションの概念が川上のサプライヤーから川下の消費者まで拡大された結果、本当のサプライチェーンとなることを表している。以上からわかるようにロジスティクスとサプライチェーン・マネジメントの間には決定的な違いがある。

 ロジスティクスは、製品と情報の流れをコントロールする統合計画を作るためのフレームワークである。サプライチェーン・マネジメントはこのフレームワークの上に成立しており、サプライヤーと顧客といったパイプライン上の異なる参加者同士を協調させ、結び付けるものである。例えばサプライチェーン・マネジメントの目標の一つは、チェーンの組織上に存在する余分な在庫を、需要と在庫水準の情報共有化で減らすことである。これが後ほど詳しく述べる”Co-managed inventory”(CMI)の概念である。

サプライチェーン・マネジメントでは、バイヤーとサプライヤー間に昔からあった敵対的関係から大きく前進していることは明かであろう。サプライチェーン・マネジメントには、協調と信頼、そして「全体的統合は、部分的集合よりもすぐれている」という認識が必要である。

本著でのサプライチェーン・マネジメントの定義は下記の通りである。

「川上から川下までサプライチェーン全体に、低コストで高い付加価値を与えるための統合的なマネジメント」

 サプライチェーン・マネジメントの目標は、チェーンの参加者全員がより多くの利益を得られるように関係を構築することにある。しかし参加者の利益よりもチェーン全体の利益が優先される場合があるため、重大な困難に直面することもある。

 「サプライチェーン・マネジメント」の表現が現在一般的に使われているが、チェーンがサプライヤー主導ではなくマーケット主導であることを考えた場合、本来的には「ディマンドチェーン・マネジメント」と表現されるべきであろう。同様に、無数のサプライヤーと顧客が存在しているのであるから、「チェーン」よりも「ネットワーク」という言葉で表現されるべきであろう。

図1.9はサプライヤーと顧客の中心に企業が存在することを概念的に表現している。

 この概念を発展させることでサプライチェーンを下記のように、より明確に定義できる。

 サプライチェーンは、相互依存関係を保ちながら、サプライヤーからエンドユーザーに至る物と情報の流れを制御、管理、改善するよう協調しあう組織のネットワークである。

図・1.8  ロジスティクスの発展段階

        Stage one       第一段階

Baseline          個別機能

Material flow     物の流れ

Customer service  カスタマーサービス

Purchasing        調達活動

Material control  資材調整

        Production      製造

        Sales           販売

        Distribution    配送

        Sate two                第二段階

        Functional integration  機能の統合化

        Materials management    資材管理

        Manufacturing management生産管理

        Distribution            配送管理

        Stage three             第三段階

        Internal integration    内部統合化

        Stage four      第四段階

        External integration    外部統合化

        Suppliers       サプライヤー

        Internal supply chain   企業内サプライチェーン

        Customers               顧客

図・1.9  ネットワークとしてのサプライチェーン

ロジスティクス環境の変化

ビジネスでの競争状態が変化しつづけており、マネジメントの複雑性が次第に増している。こうした変化がロジスティクスに及ぼす影響を考えなければならない。今日、企業が直面している経営戦略上の課題のなかで最も困難なものはロジスティクス分野についてであろう。

本書ではこうした点ついて詳しく述べるが、現段階では何が最も切迫した課題であるか指摘しておく。それらは、

  • カスタマーサービス
  • リードタイムの圧縮
  • グローバリゼーション
  • 組織の統合化

である。

カスタマーサービス

 サービスや品質についてはすでに多くの事柄が語られているが、今日のマーケットでは顧客は製品の品質だけではなく、サービスについてもより多く要求するようになっている。

  マーケットが商品の品質的な差がほとんどないコモディティー・マーケットに近づくにつれて、付加価値を付けることによる差別化が重要になってくる。付加価値を付けるためにはカスタマーサービスが最適な手段となってきている。

 カスタマーサービスは時間と場所の安定的な供給といえるであろう。言い方を変えれば、製品が顧客の望んだ時間と場所で顧客の手に入らないのであれば、サービスは付加価値を持たないのである。オン・タイム・デリバリーからアフターサービスまで、カスタマーサービスには多くの側面がある。本質的にカスタマーサービスの役割は、「使用価値」を高めることにある。すなわち、サービスが製品の価値を高め、その結果顧客が製品の付加価値を評価するようになるのである。このように製品とサービスをパッケージで提供することによって差別化が達成できる。

 優れたサービスの効果を理解し、競争優位を確立している企業に共通しているのは、ロジスティクス・マネジメントを重要視している点である。ゼロックスやBMW、ベネトン、デルコンピューターなどの企業がその典型である。サービスによって競争優位を確立するにはスローガンやカスタマーケアなどではなく、十分に練られたサービス戦略、及び、高度なデリバリーシステム、そして経営トップを含めた社員の協力が必要である。

 統合的なロジスティクス戦略によってのみ広い意味での優れたサービスを作り上げることができる。実際に世界的なサプライヤーになるためには、オペレーションの効率性と同様に、商品の存在感やイメージ作り、消費者の認知なども必要とされる。言いかえれば、マクドナルドや英国航空など優れたサービスを提供する企業が成功しているのは、広告代理店の選択によるのではなく、一貫したサービスを提供するためのロジスティクス・マネジメントが差別化をはかるための源泉であることを理解しているためである。

 

リードタイムの圧縮

 近年の特徴としては、マネジメント上、「時間」が重要な要因となってきたことがあげられる。プロダクト・ライフ・サイクルが今まで以上に短くなってきているため、インダストリアル・コンスーマーや卸売業者はジャスト・イン・タイム・デリバリーを要求し、またエンドユーザーも第一希望の商品がすぐに手に入らなければ代替商品を直ちに受け入れるようになっている。

 新製品を導入する場合、時間削減のマネジメントが、利益を生み出すことと密接に関係する。評論家の多くは、デュポンや3Mではじまったベンチャーチーム制などの新製品開発法に注意を払ってきた。他の評論家もマーケットからの品質に関するフィードバックの必要性や、R&Dとの直接的な連携の必要性に触れている。

 もしビジネスの目的が生き残ることだけなのであれば、こうした指摘も適切であろう。もちろんイノベーションを引き出すためのマネジメントも重要ではあるが、現在最も注目を集めている問題はロジスティクス・リードタイムであろう。

 ロジスティクス・リードタイムの概念は単純である。すなわち商品オーダーをキャッシュ化するためにはどのくらいの期間が必要であるかということだ。経営トップはオーダー・サイクル短縮化の効果を理解しているが、オーダー・サイクルはオーダーが運転資金や経営資源と関連するトータルプロセスのわずか一部分でしかない。

 原材料や部品の発注先、製造上の仮組立から最終商品の配送までの計画、アフターケアなど、顧客を獲得し、維持するためには管理されなければならない活動が無数に存在する。これが本来のロジスティクス・リードタイム・マネジメントの範囲である。

 既に述べたように、ロジスティクスの根本的な機能の一つがアべイラビリティの提供である。しかし現実には、競争を勝ち抜くために必要なマーケティングと製造計画の統合化が不充分である。更に、供給から配送までのパイプラインが長くなってきているため、マーケット需要の変化や購買・製造段階で最終需要を正確に把握できず、供給量決定に際して調整不足を起こしている。

 これらの問題を解決し、変動の大きい需要に対してタイムリーに答えながら競争優位を確立するために、全く新しいリードタイムへのアプローチ方法が必要とされているのである。

グローバリゼーション

 ロジスティクス・マネジメントが直面している三番目の戦略的課題はグローバリゼーションである。

 グローバル・カンパニーとは多国籍企業以上の意味をもつ企業である。現在のグローバル・ビジネスでは、原材料や調達部品の供給先は世界規模に広がり、製造拠点を海外展開させ、ローカライズさせた商品を多くの国々で販売している。

 このようなグローバル化の中で、多くのマーケットがグローバル・カンパニーに支配されるという予測は恐らく正しいであろう。ナショナル・カンパニーに残された唯一の役割は、食品産業のようにローカルの需要に合わせた商品を提供することである。

 ヒュ-レット・パッカードやフィリップス、キャタピラーなどのグローバル企業にとって、ロジスティクス・プロセスのマネジメントは重要な関心事項となってきている。ロジスティクスに関わるコストが大きいため、各製品の損益はグローバル・ロジスティクス・パイプラインが最適化されるか否かに影響される。グローバル企業は、自社製品のグローバル・マーケットを開拓し、かつ、マーケティング戦略をサポートするための生産・ロジスティクス戦略を策定することによって競争優位を確立しようとしている。例えばキャタピラーは、海外の重要なマーケットに組立作業を分散させており、海外の組立工場やアフターサービスに部品を供給するため、グローバル・ロジスティクス・チャネルを利用している。キャタピラーは、適当な企業があれば、配送や製品の最終仕上げさえもサードパーティー企業に依頼している。例えば、アメリカのサードパーティー企業は、部品の検査や保管業務を行うだけではなく、フォークリフトに部品を装着したりする。ホイールやカウンターウェイト、フォーク、マストなどがキャタピラーで決められた通り装着されていくのである。このようにローカルマーケットでの要求にも標準化された生産プロセスで答えることができる。

 ヨーロッパのように地理的に近い地域でも、各国の需要に合わせて製品をカスタマイズすることが重要となる。しばしば指摘されるのが洗濯機の嗜好の違いについてだ。フランス人はトップ・ローディングの洗濯機を好み、イギリス人はフロント・ローディングの形態を好む。ドイツ人は高速回転を好み、イタリア人は低速回転の洗濯機を好む。その上、各国には電気機器標準の違いや小売チャネルの違いもある。イギリスでは洗濯機の大部分は白物家電に特化した全国的な大手小売店で販売される。イタリアでは、白物家電は中小小売店で販売される。

 そのため、ワールプールのようなグローバル企業にとっては、ローカルの様々な要求を満たす一方で、標準化によるコスト優位をいかに達成するのかが重要であった。ワールプールは、各マーケットの要求に合った製品を供給するため部品や組立品などを標準化させ、フレキシブル生産システムやロジスティクスを行うことでこうした課題に対応してきた。

組織の統合化

企業をシステムとしてとらえる理論は明白であると思われるが、現実の企業組織は理論とは異なる。従来の企業組織は厳格な職能制とヒエラルキーによって成立していた。過去にみられたなわばり主義では、高度に統合された顧客志向のモノの流れを作り上げるのは困難であろう。

こうした従来型の経営組織では、マテリアル・マネジャーは資材を管理し、プロダクション・マネジャーは製造を管理し、マーケティング・マネジャーはマーケティングを管理していた。しかしこうした機能は、お互いを結合させるために全体的な計画を必要とするシステムの一部分でしかない。古典的な組織管理モデルは、ちょうど完成した場合の絵を持たずにジグソーパズルを完成させようとするようなものである。

 今日の経営環境の下で経営組織が直面している課題は、過去起きたものとは大幅に異なる。持続的な競争優位を確立するためには、これからの組織は時代遅れとなったマーケティング・マネジャーやプロダクション・マネジャー、購買マネジャーといった名称を捨てる必要がある。サービス・プロセスや人材を管理することで成功するには、もっと幅広い業務範囲を任せられる責任者が必要となる。生産や配送を含んだマテリアル・マネジメントを統合するためには、スペシャリストよりもむしろゼネラリストが必要とされるであろう。システム理論についての知識は新しいタイプのマネジャーにとっては不可欠のものである。マネジャーの教育は同様に重要である。その結果、彼らはカスタマーサービスを競争優位の源泉として重視し、マーケット志向を持つようになる。

新たな競争ルール

 我々は現在「サプライチェーン競争」の時代に入っている。従来の競争モデルとの根本的な違いは、経営組織がもはや独立した存在としては活動できない点である。その代わりに、変化の早いマーケットに適合しつつ、高いデリバリー精度を持つ高付加価値配送システムを創造する必要があり、サプライチェーンはこうした目標達成に焦点を置くことが要求される。

 かつては、マーケティングを成功させるための基本的な方法は明らかであった。すなわち、有力ブランドと派手な宣伝、そして強力な販売網である。こうした枠組みは、もはやかつてのパワーを失ってしまった。その代わりに、企業はコア・コンピタンスを理解して、競争しなければならないと言われている。

 本来的に、企業はコア・プロセスを競合以上にうまく管理することによって、顧客のための付加価値を生み出すものである。こうしたコア・プロセスには、新製品開発やサプライヤーの育成、注文処理、そしてカスタマー・マネジメントが含まれる。こうした基本的な活動を競合よりも効率的に行うことによって、企業はマーケットで競争優位を勝ち取ることができるのである。

 多くの企業がマーケットで成功するために必要と考えられている能力の一つがロジスティクスである。プロダクト・ライフ・サイクルが短くなり、顧客がジャスト・イン・タイムに慣れるに従って、企業組織が需要に対して早急かつフレキシブルに対応できるかどうかが企業の競争力を左右させるようになっている。

 企業の競争状態に影響を与える大きな要因としては、マーケットのコモディティー・マーケット化があげられる。コモディティー・マーケットは、消費者が一つの製品から他の製品へ直ちに選択を変えられる点で特徴付けられる。最近の調査では、消費者が特定のブランドにロイヤリティーを持つことは次第に減る一方で、同じカテゴリーの商品群の中からいくつかの選択肢を持って購入することが明らかになっている。このような状況では、実際の製品の有無が需要の大きな決定要因となってくる。すなわち購入時点で意思決定が行われるため、在庫がないばかりに販売の機会を失ってしまう可能性がある。

 ロジスティクス・プロセスが重要なのは消費者市場だけではない。企業間市場や産業市場でも受注獲得のためには、製品や技術水準よりもデリバリーのリードタイムやフレキシブルさがより重要である。製品や技術水準が重要なのも当然であるが、こうした傾向は顧客の要請に基づいている。今日のマーケットでは顧客獲得の基準は、製品ベースよりもサービス・ベースとなっているのである。

 多くのマーケットで需要が統合される傾向がある。顧客の数は減ってきている一方で、需要の規模が拡大しているのである。食品小売業界が良い例だ。北ヨーロッパ諸国では一掴みの大手小売業者が、全小売業売上の五十パーセント強を誇っているのである。買手パワーの集中化傾向は、グローバル競争の結果生じてきているものであり、多くの産業では世界的に供給過剰状態である。こうした結果として、力を持つ顧客はサプライヤーのサービスをますます要求するようになっていくのである。

 同時にディストリビューション・チャネルにおける力関係上、次第にサプライヤーよりもバイヤーが力を持つようになってきているため、顧客もサプライヤーに重視して取引することが減ってきている。言いかえれば、顧客はより少ないサプライヤーと長期にわたって取引をしたいと考えているのである。これからの成功企業は、こうした傾向を理解し、キーとなるサプライヤーと密接な関係を確立する戦略をとる企業であろう。顧客のために、より価値を生む独創的な手法を開発することが戦略となる。企業が製品を販売するために多数の顧客をみつけようとするのではなく、むしろ少ない顧客により多くのサービスを与えようとするため、これからの戦略は「水平的」というより「垂直的」となるであろう。サプライヤーが組立ラインへのシステム全体あるいは部品供給に大きな責任を持つという意味で、自動車産業がこうした傾向の良い例となる。

 このような数量ベースの成長から価値ベースの成長への変化によって、既に述べたコア・プロセスの管理に重点を置くようになる。かつての商品開発に偏った競争モデルからプロセス重視の競争モデルへ次第に変化せざるを得ない。新しい時代の競争は次のように表現可能であろう。

        競争優位 = 製品の優位性 X プロセスの優位性

図1.10で表されるように、多くの企業は製品の優位性に重点を置き、プロセスの優位性にはあまり注意を払ってこなかった。

図・1.10 プロセスの優位性と製品の優位性

        Process excellence      プロセスの優位性

        Product excellence      製品の優位性

        Current emphasis                現在の重点

        Revised emphasis                将来の重点

 これは製品の優秀性の軽視を意味するのではなく、むしろ重要顧客に大きな価値を与え得るプロセスの開発と管理の重要性を強調しているのである。

 既に述べたように、今日ではプロダクト・ライフ・サイクルが短くなってきている。多くのマーケットで見られることは、製品の発売と同時に完売されるマーケットを生む技術と需要の変化の影響である。プロダクト・ライフ・サイクルが短くなってきている事例は多数あるが、パソコンが最も適切な事例であろう。この特殊な事例では、以前は存在しなかったマーケットが新たに作りあげられ、新製品発売と同時にマーケットを完全に新製品に明渡すような技術の急速な進歩をみることができる。

 こうしたプロダクト・ライフ・サイクルの短縮化はロジスティクス・マネジメントにとって大きな問題を生じさせる。特に、短いプロダクト・ライフ・サイクルはリードタイムを短縮させることとなる。ここでリードタイムの定義を変更する必要があるであろう。かつてリードタイムは、受注からデリバリーまでの時間的経過を意味していた。しかし今日ではもっと広い認識が必要となるであろう。すなわちリードタイムは資材調達から生産、そして最終市場への製品供給までの時間的経過として認識されるべきであろう。これが戦略的リードタイムの概念であり、この時間を上手に管理することがロジスティクス・マネジメントでの成功要因となる。

 プロダクト・ライフ・サイクルが戦略的リードタイムよりも短くなってきている状況がすでに存在している。言いかえれば、マーケットにおける製品の寿命が、製品の設計から材料の調達、生産、配送までにかかる時間よりも短くなってきているのである。このことは製品計画と調達から製造、配送までのオペレーションに大きな影響を与える。企業のグローバルな活動においては、輸送に必要とされる時間が長くなるためにより深刻な問題となる。

 最終的にこのようなマーケットにおける成功は、サプライチェーンを通した企業活動の進展と、変化の早いマーケットにフレキシブルに対応できるロジスティクス・システムの構築を意味している。

 ロジスティクス・マネジメントに関する重要事項は多数あるが、ここでは本書を通して繰り返し触れられる三つのポイント-迅速な対応・信頼性・関係構築-について述べておきたい。

迅速な対応

 今日のようにジャスト・イン・タイムが主流となっている状況では、以前にも増して顧客の要求に迅速に対応することが極めて重要となっている。顧客はリードタイムの短縮化だけではなく、フレキシブルさと問題解決能力を求めているのだ。言いかえれば、サプライヤーは顧客ニーズに今までよりも短時間で対応できなければならない。キーワードは「アジリティー」である。アジリティーにはすばやく行動するという意味と、顧客ニーズに迅速に対応するという意味がある。変化の激しいマーケットでは、従来の長期経営計画よりもアジリティーがより一層重要であろう。将来の需要パターンの予測が難しいため、経営計画を策定するのが困難であるし、ある意味では危険である。

 これからの企業は予測志向であるよりも需要志向であるべきだ。これは、企業内部だけでなくサプライチェーンを通して、アジリティーを確立することを意味する。

信頼性

 多くの企業で安全在庫を持つ大きな理由の一つが不確実性である。将来の需要への不確実性やサプライヤーの能力の不確実性、原材料や部品品質の不確実性などが挙げられる。信頼性の抜本的な改善には、プロセスのリエンジニアリングが必要である。製造マネジャーは、製品の品質を高める最善の方法が検査による品質管理ではなく、製造プロセスのコントロールにあるととうの昔から理解していた。ロジスティクスの信頼性を高めるのも同様である。

 ロジスティクス・プロセスの信頼性を高めるためのキーポイントは、パイプラインの透明性を高めることである。パイプラインの末端にある顧客の需要が良くわからないことは良くあることだ。この問題は企業やサプライチェーンが最終需要から遠ざかるにつれて悪化する傾向がある。例えば、合成繊維メーカーが自社製品から製造される衣料の流行についてあまり良く知らない場合もあるだろう。

 パイプラインの端から端まで透明性を高められる手段を発見できれば、需要に対する反応の信頼性が飛躍的に高まるであろう。

関係構築

 顧客がサプライヤー中心主義でなくなっていることについては既に述べた。多くの産業では「シングル・ソーシング」の傾向が強まっている。これは、品質改善やイノベーション・シェアリング、コスト削減、そして生産や配送の統合的スケジュール管理などによって多くの便益が得られることを意味している。こうした背景には、バイヤーとサプライヤーの関係がパートナーシップに基づくということがある。次第に企業は、サプライヤーとの長期的な関係構築による有利性を理解するようになってきた。サプライヤーの観点からすれば、そのようなパートナーシップは競合に対する強固な参入障壁を構築できることを意味している。サプライヤーと顧客の間のプロセスが密接になるほど、相互の依存度が増すために競合が参入障壁を破ることは困難となる。

 サプライチェーン・マネジメントは、法律上は独立し、現実には相互依存する企業同士を、複雑なネットワークによって結び付けて強力な関係を構築するマネジメントである。成功するサプライチェーンは、相互依存と信頼関係に裏づけされたウィン・ウィンの強者連合であろう。これはかつて一般的であった関係構築モデルとは異なる。サプライチェーン同士の競争が一般的になってくるこれからの関係構築モデルなのである。

 

 迅速な対応・信頼性・関係構築という三つのテーマは、ロジスティクスとサプライチェーン・マネジメントが成功するための基礎となるものだ。これらは本書で更に詳しく説明されてゆくテーマである。二十一世紀を迎えるにあたって、サプライチェーン・マネジメントの有効性を立証するロジスティクス・プロセスは、そのニーズをさらに高めつつある。

ケーススタディ:デルコンピューター

 医学生であったマイケル・デルが、IBMの旧モデルを地域の小売業者から購入して大学の寮でアップグレードし、消費者へディスカウント価格で販売するようになった一九八三年当時はまだパーソナルコンピューター(PC)が一般に普及し始めたばかりであった。デルは創業した成長性あるベンチャービジネスにかけるため大学を中退した。一九八五年までにデル・コンピューターはIBMの旧モデルのアップグレード・ビジネスから自社ブランドの販売・ビジネスへ業態を変化させた。しかしデルは旧来のコンピューター・メーカーとは異なる戦略をとった。PC本体には技術的に特筆すべき点はないが、販売方法がすぐれていた。すなわち顧客へのダイレクト販売である。このダイレクト販売がデル・コンピューターに優位性を与える源泉となった。

 コンピューター産業界のリーディング企業はPCに高機能を付加しようと競争していたが、彼らは日常的な業務であるサプライチェーン・マネジメントにはほとんど注意を払わなかった。彼らが製造するコンピューターは予測に基づいて一定量生産された。また、PCは小売点や代理店などを通して販売されたため、顧客の手に届くまでに倉庫や販売店の棚に平均二ヶ月間棚ざらしされていた。デルはエンドユーザーに焦点を当て続けながら、規模の経済によって生じる二つの危険性を避けるように努めた。第一は部品についてのリスクである。PC製造コストの約八十パーセントは部品コストだ。PC産業が生まれた当時から部品価格は下落し続けており、特に重要部品であるプロセッサーは年平均三十パーセント下落し続けていた。これらの部品は売れ残る時間が長引くにつれ、その価値を失っていくのであった。第二に、技術の急速な進歩が一夜にしてPCの巨額な価値を失わせてしまうリスクがあった。そのためメーカーは小売業者に製品在庫処分の補償をしたり、安く売れる他の国へ輸出するための物流費用を負担しなければならなかった。

 デルは消費者へダイレクト販売をすることによって、注文に応じて生産をすることが可能となった。そのため、デルは製品在庫を持つことによって生ずるリスクを回避できるようになり、ライバル企業と比較してコスト優位を確立できたのである。また、デルの注文生産方式のロープライスPCは、直接購入したがっていた消費者にとっても魅力ある選択肢となった。

 長い間、PC業界ではデルの成功をニッチャーの成功としかと捉えていなかった。一般的にビジネス・ユーザーやホーム・ユースの顧客は、実際に眼で確認できる従来のチャネルを通しての購入方法を好むものと考えられていた。デルはニッチャーとしての評価を上げるために、従来の販売チャネルを通して販売活動を行ってみた。しかしこれは大きな間違いであった。デルがニューモデルを直販チャネルで市場投入する途端に、小売業者の販売が減少するのであった。そのためデルは小売業者の損失を補償する必要に迫られ、一九九三年には初めて三千六百万ドルの損失を計上することとなった。デルは、こうした摩擦の多いチャネルを通した販売での失敗を教訓として、ローコストのダイレクト販売戦略に特化していくのである。

 小売業者を通しての販売から撤退した一九九四年には、一億四千九百万ドルの利益を上げた。この時からデルは、ダイレクト販売戦略を強化して在庫を最小化し、資本効率を高める方策の探究をはじめるようになる。無駄がないこと、フレキシブルであること、そしてなによりもリーダタイムを短縮化することが重要ポイントであった。それからの三年間にわたって、デルは調達活動と製造プロセスのオペレーション上、付加価値を生まないすべての作業の見直しを行った。一九九七年までには、デルはジャスト・イン・タイム(JIT)生産モデルということだけでなく、サプライチェーン上の他企業に対して厳しい時間的要求を行うようになった。部品の多くは、デルのオースチン(テキサス)、リメリック(アイルランド)、ペナン(マレーシア)の三工場倉庫に生産前十五分以内に納入されることが要求された。但し、デルが顧客からオーダーを受けるまで、こうした部品がデルから発注されることはなかった。デルは部品サプライヤーとの協調関係を進展させるため、一九九二年に二百四だったサプライヤーを四十七まで絞り込んだ。この際、価格が多少高くても、工場から遠いサプライヤーより近いサプライヤーを選択したのである。

 デル・リメリック工場では、部品の内少なくとも四十パーセントはJITで供給されており、四十五パーセント以上は工場近くにあるサプライヤーの倉庫から供給される。サプライヤーは自社倉庫を新たに保有して在庫を管理しながら、注文に応じて供給するのである。モニターやスピーカーといった量のはる部品は扱いが異なる。こうした部品はデルの工場へ供給される代わりに、直接顧客へデリバリーされるのである。こうすることで一アイテム当り約三十ドルの輸送料が節約可能となる。顧客の注文に基づいて部品がサプライヤーの倉庫から出荷された時はじめてデルは部品について請求を受ける仕組みとなっている。そのためデル自社としては部品在庫をわずか半日しか持たないこととなるのである。サプライヤーは約四十五日後に支払いを受ける。

 ディスク・ドライブなどの重要部品はコンピューターを組み立てるほど早くには部品を生産することができない。そのためデルはサプライヤーに対してリードタイムを短くするように要請している。こうした部品は予測に基づいて生産される。幸い、こうした重要部品の需要はPCの需要よりも予測し易い。それでもマイクロプロセッサーといったいくつかの重要部品の不足状態はPC産業全体を通して問題となっている。ここでも従来のチャネルを使っているPCメーカーと比較してデルのダイレクト販売の優位性が明らかとなる。すなわちデルは直接顧客とコミュニケーションをとっているため、電話販売を通して既に手当てできている部品を使用したPCの組立を顧客に薦めることによって、需要に的確に答えることが可能となるのである。

 デルはダイレクト販売よりも低コストなインターネット・セールスに注力している。デルはサイバースペースに取組んだ最初のPCメーカーではない。しかし他のPCメーカーがデルよりも有利な立場にいなかったこともあり、一九九七年までにはデルが最も成功した企業となっていた。ウェッブサイトを通した販売を初めて六月以内には、デルは一日当り百万ドルの売上を記録し、売上は一月当り二十パーセント伸びつづけていた。アメリカのダイレクト販売市場は、一九九一年当時の十五パーセントと比較して、今やPC売上の三分の一を占めるようになっているのである。もはやニッチ市場とは言えない市場である。インターネット販売はヨーロッパやアジアではまだこれからであるが、いずれ伸びてくるであろう。

 顧客が注文するには、ウエッブサイトでスクリーンの指示に従ってただクリックすれば済むようになっている。顧客は自分がオーダーしたオプションが付加されたPCの値段を、クレジットカードか口座引落で、マウスをクリックして最終的に支払う前にソフトウェアの画面上で逐次確認できるようになっている。顧客はクリックから五分以内には注文を確認でき、注文された製品は三十六時間後には生産ラインを離れ配送トラックに乗っている。最も時間が割かれるのはPCの組立作業ではなく、PCの性能テストとソフトウェアのインストール作業である。デルは販売から二十四時間で支払いを受けることができるが、コンパックのようなPC業界のリーディング企業でも三十五日間は支払いを受けられない。他のダイレクト販売業者でも注文からキャッシュを受け取るまでには二週間を要している。

 一九九七年末までにデルは業界平均の三倍のスピードで成長を続け、出荷量で世界第二位のPCメーカーとなった。第3四半期の売上高は五十八パーセント増の三十一億ドルに達し、利益は前年比七十一パーセント増の二十四億ドルに達した。最終製品在庫と棚卸在庫を合わせた金額は、原材料関係の二億四千四百万ドルと比較してわずかに五千七百万ドルにすぎず、売上高の十一日分の在庫しか持たない。デルの成長性と資本回転率の高さは業界注目の的で、デルの株価の上昇にも影響を与えた。他のPCメーカーはデルのダイレクト販売を真似ようとしても、デルが一九九三年にあったような小売業者の反発にあい、失敗に終わったのである。一方で、デルは次の大きなビジネスチャンスである、ネットワーク・サーバー・ビジネスへ参入しようとしている。自社PCを応用することや開発期間の短縮化を目的として、ネットワーク・サーバー・メーカーである3Com社とのパートナーシップを結んだ。新製品の発表後、デルがただちに新製品を3Com社へ供給することで、通常であれば六十日から九十日かかる新製品のテストをわずか二週間に短縮化することを目標とした。両社は、新たなビジネスシステムによりネットワーク・サーバー市場へ打って出ることで、競争優位を築き、成功を収めることを目標としている。