1. 対象船舶の範囲と実施時期

EU ETSへの海運セクターの組み込みは、船舶の種類と大きさによって段階的に行われています。欧州委員会のFAQによれば、以下のようなスケジュールが示されています。

区分EU ETS対象開始備考引用
貨物船・旅客船 (≥ 5 000 GT)2024年1月1日からCO₂排出の排出枠提出が求められる対象船舶。MRV制度でも対象。
オフショア船 (≥ 5 000 GT)2027年の報告期間から石油・ガス掘削船などのオフショア船は、2027年からETSの対象になる。
一般貨物船・オフショア船 (400〜5 000 GT)MRV: 2025年から報告対象ETS: 2028年以降の導入を検討中2025年からMRV制度で排出量の監視・報告が義務付けられ、ETSへの組み込みは2028年に検討される予定です。

2. 温室効果ガスの適用範囲とMRVとの関係

EU ETSとMRV制度では適用対象となる温室効果ガスの時期が異なります。

  • MRV制度:2024年からCO₂に加え、メタン(CH₄)と亜酸化窒素(N₂O)の排出報告が義務付けられます。
  • EU ETS:2024〜2025年はCO₂のみが排出枠提出の対象で、2026年からCH₄とN₂Oも排出枠対象に追加されます。

このため、企業は2024年からCH₄・N₂Oの排出計測を開始しつつ、排出枠の購入が必要となるのは2026年以降であることを理解する必要があります。

3. 航路別カバー率と対象範囲

EU ETSは船籍ではなく「航路」に基づいて排出をカバーします。公式FAQによると、カバー率は以下の通りです。

  • EU域内航路:EU加盟国の港から出発し、EU加盟国の港へ到着する航路は、排出量の**100%**がETS対象となります。
  • EU港内の排出:寄港中や港内での移動で発生する排出も100%対象です。
  • EUと非EU間航路:EU加盟国の港と非EU港を結ぶ航路については、出入のいずれも**50%**の排出が対象になります。

また、一部の航路・船舶には例外が設けられています。例えば、EUの最外縁地域や小さな島への航路や、再生可能燃料を利用する船舶には特別規定が適用される場合があります。航路の範囲や例外規定はガイダンス文書やFAQを参照して確認することが重要です。

4. フェーズイン(排出枠提出率)と提出期限

排出枠の提出(サレンダー)は段階的に義務化されます。

  • 2025年9月30日が最初の提出期限で、**2024年の排出量の40%**に相当する排出枠を提出します。
  • **2026年(2025年排出分)には排出枠提出率が70%**に引き上げられます。
  • 2027年以降は、対象船種の**排出量100%**をカバーする排出枠を提出する必要があります。

フェーズインのスケジュールや提出期限は制度の中心的な実務ポイントであり、遅延すると罰則が科される可能性があります。各企業は自社の報告・検証プロセスを前倒しで整備し、提出期日までに必要量のEU排出枠(EUA)を確保する準備が求められます。

5. 義務者と費用負担の区別

EU ETSにおける**法的義務者は船舶会社(shipping company)**であり、排出枠の購入・提出を行う責任は船舶会社にあります。しかし、実際の費用負担者は運送契約に基づいて荷主・フォワーダー・船社の間で決定されます。欧州委員会のFAQでも、「船舶会社が排出枠を提出するが、コスト負担は契約で合意される」と説明されており、必ずしも全額が荷主に転嫁されるとは限りません。

物流企業は、契約書でEU ETSサーチャージや排出枠コストの負担者を明確化する条項を設け、費用発生時の清算方法や遡及請求の有無などを事前に定めておくことが重要です。

6. 例外規定と特別ルール

EU ETSには、排出対象から一部免除される航路や船舶の例外が存在します。公式FAQによれば、最外縁地域や小島を結ぶ航路再生可能燃料を利用する船舶などに特別ルールが設けられることが言及されています。また、軍艦や政府用船舶なども制度から除外されています。航路の免除条件や対象船種の例外は改訂される可能性があるため、最新のガイダンスを参照してください。

さらに、オフショア船や一般貨物船(400〜5 000 GT)の扱いも注目点です。これらの船舶は2025年からMRV報告の対象となり、2028年にEU ETSへ含めるかどうかを検討するとされています。実務上は、MRV報告義務の開始や将来の制度拡大に備えてデータ収集体制を整える必要があります。

7. EU ETS(海運)影響「論点表」

EU ETSへの対応を検討する際に整理すべき論点を、下表のようにまとめました。以前の表から、対象船種・ガス範囲・フェーズイン率などを最新のFAQに基づいて修正しています。

論点決定・確認事項物流企業への実務影響主な担当参考情報
対象航路とカバー率航路がEU域内100%、EU–非EU間50%、港内排出100%かを判定EU ETSサーチャージの適用対象便を正確に分ける必要がある国際輸送企画/営業FAQによる航路別カバー率
対象船舶(GT区分)5 000 GT以上の貨物・旅客船(2024~)、オフショア船(2027~)、400〜5 000 GTの一般貨物・オフショア船は2025年からMRV対象かつ2028年のETS組み込みを検討中対象船を使用している取引の特定、MRV報告準備オペレーション/サステナ担当FAQの対象船舶一覧
対象ガスとMRVMRVでは2024年からCO₂・CH₄・N₂Oを報告し、ETSでは2026年からCH₄・N₂Oが排出枠対象に追加Scope3算定や顧客報告でCH₄・N₂Oのデータが求められるサステナ担当/ITFAQのガス適用範囲
フェーズイン率と提出期限2025年9月30日に2024年排出量の40%、2026年に70%、2027年以降は100%を提出排出枠コストの段階的上昇を見積もり、支払いタイミングを管理財務/営業企画FAQの提出スケジュール
義務者と費用負担法的義務者は船舶会社。費用負担は契約で合意される契約条件(サーチャージ条項、遡及精算)の明確化が必要法務/営業FAQの義務者説明
例外・特殊ケース最外縁地域や小島への航路、再生可能燃料利用船、軍艦等は除外規定あり対象外航路を誤請求しないよう一覧化オペレーション/法務FAQの derogations
オフショア船・小型船のスケジュール5 000 GT以上のオフショア船は2027年からETS対象、400〜5 000 GTの一般貨物・オフショア船は2025年からMRV対象で2028年のETS組み込みを検討MRV報告体制の早期整備と、2028年以降の追加コストへの備えサステナ担当/オペレーションFAQのオフショア船説明

8. 運賃見積・契約のチェックリスト

EU ETS対応の運賃見積や契約を作成する際に確認すべきポイントを以下に示します。以前の雛形を最新情報に合わせて更新しています。

8-1. 見積に入れるべき項目

  1. 対象航路の判定 – EU域内100%、EU–非EU間50%、港内排出の扱いを判定し、対象区分ごとにサーチャージを設定。
  2. 対象船舶の確認 – 5 000 GT以上か、オフショア船か、400〜5 000 GTの一般貨物/オフショア船かを識別し、MRV対象かつETS対象時期を明記。
  3. 対象ガスの年次 – 2024〜2025はCO₂のみ、2026年からCH₄・N₂Oも排出枠対象になるため、見積期間に応じて対象ガスを明示。
  4. フェーズイン率の適用 – 2024排出分40%、2025排出分70%、2026以降100%を反映し、提出期限(初回は2025年9月30日)を記載。
  5. 費用計算式の提示 – EUA価格の参照方法(例:日次終値、月平均など)と管理費を含めた算定式を明示する。
  6. 費用負担者の合意 – 船社・フォワーダー・荷主の間でEU ETS関連費用をどのように分担するかを契約に定義する。

8-2. 契約条項の留意点

  • 定義条項 – ETSサーチャージの対象航路、対象船舶、対象ガスを定義し、端数処理や対象外条件を明記します。
  • 算定式条項 – 排出枠コストの算定式を具体的に記載し、EUA価格の変動に応じた改定方法(スライド条項)を含めます。
  • 遡及精算条項 – MRV報告に基づく排出量確定後の精算方法とタイミングを規定します。
  • 免責・制度変更条項 – ETSの改訂や対象船種の拡大があった場合の再協議を盛り込み、法令変更リスクを分担します。
  • 例外条項 – 最外縁地域や再生可能燃料船などの例外航路について適用除外を明示し、誤請求を防ぎます。

8-3. 社内運用上のチェック

  • 航路・船舶マスターの整備 – EU港コード、航路区分(100%/50%/港内)、対象船種(5 000 GT以上・オフショア・400〜5 000 GT)をリスト化し、システムに組み込む。
  • MRVデータ連携 – 船社から提供される排出量データ(CO₂・CH₄・N₂O)の形式や頻度を確認し、社内のScope3算定や顧客報告に活用する。
  • サーチャージの請求・精算フロー – 見積・契約で定めた方法に従い、請求書に明細を記載し、二重請求を避けるための内部チェックを設ける。
  • 制度変更のモニタリング – EU委員会のFAQやガイダンス更新、加盟国の実施細則を定期的に確認し、運用ルールを更新する。

9. まとめ

EU ETSの海運への適用は2024年から始まりましたが、対象船種や対象ガス、フェーズイン率、例外規定など多くの要素が段階的に導入されます。貨物・旅客船5 000 GT以上はすでにETS対象となり、オフショア船5 000 GT以上は2027年から対象、400〜5 000 GTの一般貨物・オフショア船は2025年からMRV報告が必要で2028年にETS組み込みを検討中です。また、CH₄とN₂Oは2024年からMRV報告対象であり、排出枠提出の対象となるのは2026年からです。

物流企業や荷主は、対象航路や船舶の判定、排出量データの入手・管理、契約上の費用負担の整理、例外規定の確認など、細部まで制度設計に沿った対応が求められます。また、EU ETSは港内排出も対象とする点や、対象外となる航路が存在する点を見落とさないことが重要です。

最後に、EU ETSの制度は今後も改正や拡大が予定されており、2028年以降に小型船舶が追加されるかどうかや例外規定の詳細は見直しの対象となっています。最新情報に基づき、専門家と相談しながら自社の戦略と契約を柔軟に調整することが、長期的なリスク管理と競争力確保につながるでしょう。