今後、日本の物流企業が直面するGX‑ETS(グリーン・トランスフォーメーション排出量取引制度)は、政府が温室効果ガス排出量の総量を定め、その排出枠を企業間で売買できる仕組みです。目的は脱炭素と経済成長の両立にあり、排出削減が社会全体の競争力向上につながるように設計されています。本記事では、制度の対象範囲、取引の仕組み、価格の見通し、物流企業への影響について一般的な情報を提供します。特定の法的助言ではなく、制度の概要を理解するための参考情報としてご活用ください。

制度対象と義務化の範囲

GX‑ETSは年間の直接排出量が3年度平均で10万トンを超える大規模な排出事業者を対象に、2026年度から参加が義務化される見通しです。約300〜400社が該当するとされ、その排出量は国内総排出量の50〜60%を占めると見込まれています。物流企業全般が一律に義務付けられるわけではなく、大規模排出企業に限定されることを理解しておくことが重要です。

制度の開始当初は排出枠が主に無償で配分され、排出総量の上限(キャップ)は政府が年度ごとに策定します。長期的には、一定の排出削減率を求めるベンチマーク方式と、過去の排出実績に基づき削減率を課すグランドファザリング方式を組み合わせた配分が検討されています。エネルギー多消費産業ではベンチマーク方式、それ以外の業種ではグランドファザリング方式が適用される見通しです。

取引の仕組みとクレジット利用

GX‑ETSでは、企業が割り当てられた排出枠(トン単位)を超過した場合、市場から排出枠を購入する必要があります。逆に、割り当てを下回る排出量であれば余剰枠を売却できます。この取引を通じて、排出コストの高い企業は削減や購入を迫られ、排出削減が進む仕組みです。価格上限に近づく場合は追加配分などの措置が取られ、価格下限を下回る場合は逆オークションで買い戻しが行われるなど、価格変動を抑える仕組みも検討されています。

排出枠が不足する場合には、J‑クレジットやJCMクレジットなど政府認証のカーボンクレジットを利用して排出枠の不足分を補うこともできます。ただし、クレジット利用には年間排出量の10%程度という上限が議論されており、削減努力を主とした対応が求められる点に注意が必要です。なお、2025年時点では明確な上限が導入されていないという指摘もあり、度設計は今後も変わる可能性があります。

価格コリドーと価格の推移予測

制度移行期の2026年度には、排出枠価格の参考帯として上限4,300円/トン、下限1,700円/トンが提案されています。この価格帯は経済情勢やインフレ率を踏まえて数年ごとに見直され、2030年度には上限約4,840円、下限約1,913円になるとの試算もあります。上限は急激な価格上昇を抑える安全弁、下限は価格下落を防ぐための逆オークションなどにより維持される仕組みです。これらの価格帯は暫定的なものであり、今後の議論で変更される可能性があります。

排出枠の取引価格は、制度設計や削減目標、技術革新に左右されるため予測が難しいものです。三菱総合研究所の分析によれば、現状維持(BAU)シナリオでは2030年代まで数千円〜1万円/トン程度で推移する可能性がある一方、カーボンニュートラルを前提とした野心的シナリオでは2040年代後半に数万円/トンまで高騰する可能性が示されています。価格予測には幅があり、政策や市場動向によって大きく変わる点に留意が必要です。

オークション導入とサーチャージ

義務化開始から数年後には、特に発電部門など大規模排出セクターに対して、無償配分を段階的に減らしオークション方式による有償配分を導入する計画があります。国際排出量取引協会(ICAP)のファクトシートによれば、2033年度から高排出事業者向けのオークションが本格的に行われる予定です。具体的な対象部門や割合の拡大は今後の制度設計に委ねられています。

また、GX賦課金(サーチャージ)が2028年度から化石燃料の輸入業者や国内採掘業者に課される計画で、化石燃料価格に上乗せされる形で徴収される見込みです。物流企業にとって燃料コストへの影響が懸念されますが、実際の価格転嫁の程度や詳細な制度設計は検討中であるため、「必ず燃料コストが上がる」と断定するのではなく、価格転嫁の可能性があることに注意すべきです。

物流企業が取るべき一般的なステップ

物流企業であっても、対象に該当する大規模事業者は制度への対応が必要になります。また対象外の企業でも、取引先の脱炭素化要求や炭素コストの転嫁に備える必要があります。以下は一般的な準備の方向性です。

  1. 排出量の把握と管理体制の整備: 自社の燃料使用量やCO₂排出量を正確に把握し、測定・報告・検証(MRV)体制を整備します。無償配分申請や削減目標設定に必要です。
  2. 削減計画の策定とクレジット活用: ルート最適化や積載率向上、低炭素車両の導入など即効性のある施策を実行します。排出枠不足時にはJ‑クレジットやJCMクレジットの利用を検討しますが、利用上限を踏まえ、削減努力を優先します。
  3. 費用シナリオの検討: GX賦課金や排出枠価格の変動を踏まえて燃料費や運賃への影響をシミュレーションします。価格コリドーや将来の価格レンジを参考に複数のシナリオを準備します。
  4. 長期的な投資戦略: 省エネ設備や再生可能エネルギー、EV・燃料電池車の導入など、脱炭素投資を検討します。投資案件の評価には一般的にROICやIRRなどの財務指標が用いられますが、具体的な判断は自社の資金状況や専門家の助言を踏まえて行うべきです。

取引方法の概要

GX‑ETSの排出枠売買はオンライン市場や指定取引所で行われる予定です。一般的な取引手続きは以下の流れです。

  • 政府または認証機関から割り当てられた排出枠を受領する。
  • 年度末に実排出量を把握し、排出枠の余剰・不足を確認する。
  • 不足する場合は市場で排出枠を購入するか、利用可能なクレジットを活用する。余剰の場合は他社に売却するか翌年以降に繰り越す。
  • 価格が上限に近づく場合は追加配分などの措置が検討され、下限を下回る場合は政府が逆オークションで買い戻して価格を一定範囲に保つ仕組みが検討されている。

まとめ

GX‑ETSは日本における脱炭素政策の中核となる制度であり、大規模排出事業者に対して義務的な排出枠取引を求めます。物流企業全般に直接義務が課されるわけではありませんが、燃料コストや取引先の要請を通じて間接的な影響が及ぶため、早期の情報収集と準備が重要です。脱炭素投資や排出削減努力を進めることは、長期的に企業価値向上に寄与する可能性があります。ただし制度設計は今後も議論や調整が続く見込みであり、最新のガイドラインや所管省庁の発表、専門家の助言を参照しながら対応を検討することが推奨されます。