撤回された「共同原則(Principles for Climate-Related Financial Risk Management)」
- 2023年10月、米国の銀行監督当局(FRB、FDIC、OCC)が、一定規模を超える金融機関(資産 1,000 億ドル超など)に対して 気候関連の金融リスク(物理リスク+移行リスク) を管理するための “原則(Principles)” を共同で発表。
- その原則には、銀行が気候変動の影響を定量化し、シナリオ分析・ガバナンス整備・開示を行うべきという監督上の期待が盛り込まれていました。
- しかし、2025年10月16日、FRB、FDIC、OCC の三当局が共同でこの原則を「撤回(rescission)」する旨を発表しました。
- OCC(通貨監督庁)は、2025年3月31日付でこの原則からの参加を先行して撤回していました。
- 撤回理由として、当局側は「既存の安全性・健全性(safety and soundness)基準が、すでに銀行に対して“重大な(material)リスクすべて”を管理すべきことを要求しており、気候専用の原則は不要である」と述べています。
背景
- 米国において、気候変動リスクを金融システムの制度的リスクとして監督すべきかどうかが、政治的・規制的な論点になっていました。
- 前政権(バイデン政権期)には、米銀監督機関・FRBもNGFS(金融機関のグリーン化を進める国際ネットワーク)への参加等、気候リスクを監督枠組みに組み込む方向でした。
- 一方で、新政権(トランプ政権再登場)が想定される中、「気候優先」的な監督政策はビジネス負担・自由市場への過剰介入とみる立場が強まり、今回のような撤回に至っています。
- また、監督・監査の実務面では、 「気候リスク管理を専用枠で義務化すれば、他のリスク(信用リスク、流動性リスク等)から資源を逸らす」 という懸念も提示されていました。
主な影響
1. 金融機関へのインパクト
- 銀行・金融機関にとって、「気候リスク専用の監督ガイドライン」が公式に撤回されたことで、気候関連の内部統制・ガバナンス強化への誘因が弱まる可能性があります。
- ただし、当局は「依然として全ての重大リスクを適切に管理すべき」という立場を維持しており、気候リスクが「重大(material)」と判断される場合は監督対象となるというメッセージも出しています。
- 監督の「明示的な期待(expectations)」が後退したことで、監査・外部保証市場における気候関連の要求水準が変化する可能性もあります。
2. 国際的な協調・グローバルESG規制との乖離リスク
- 米国がこのような撤回を行ったことで、欧州・アジアで進む「気候リスク監督・ESG開示義務」の流れと、米国の規制方向に分断が生じる恐れがあります。
- 例えば欧州では、CSRD(サステナビリティ報告指令)やESRS(欧州サステナビリティ報告基準)の整備が進んでおり、監督・開示強化の路線が継続しています。
- そのため、米系金融機関・グローバル企業は「米国内では監督期待が弱まっても、外部(欧州・アジア)への対応を別途継続せねばならない」という負担に直面する可能性があります。
3. 非金融企業・投資家への波及
- 銀行監督が気候リスク管理のひとつの起点であるため、これが後退すると、銀行を通じた融資・資本提供において気候関連配慮が後ずれする可能性があります。
- 投資家目線では、「米国市場では気候リスクの制度的期待が後退している」というサインと受け取られ、米国比重の高いポートフォリオでは気候リスク評価モデルの修正が必要となるかもしれません。